娘に、死ね!と言われませんでした。

七星です。

良かったです。

先日、数ヶ月ぶりに、
娘に「死ね!」って言われませんでした。笑

じつは、ここ3ヶ月、
また反抗期が強くなって、

毎日、「くそジジィ、死ね」って
言われ続けてます。

それが、先日は、
言われなかったので、嬉しくなりました。

これは、良い方向です。

一回は、反抗期が弱くなったのですが、
良い感じになってきたときに、
つい怒ってフルボッコにしてしまい、

また、反抗期が強くなりました。

あれは、私が悪いです。反省・・・

しつけではなく、
暴力をふるってしまいました。

それで、これはしばらく無理だと思って、
3ヶ月ぐらい、完全にほっときました。

私の足音を聞いただけで、
「死ねくそジジィ」って口撃してきたので、

それも含めて、ほっといてましたが、
あまりに口撃が続くので、

ここ2週間ほど、
会うたびに謝るって行動に出てみました。

「この前は本当にごめんね。
 すごく反省してます。」

とか、1日10回ぐらい、
扉越しに言い続けました。

あと、2回ほど、土下座をして謝りました。笑

じっさい、今回のことは、
私が100%悪いので、
心底謝っているのですが、

最初の1週間は、まったく効果がなく、
逆効果だったのですが、

先日は、話しかけても、
死ねって言われませんでした。

無視です。

でも、これって良いことで、
子供の反抗期は、だいぶ研究したのですが、
だいたい、こんな流れです。

なんか嫌い

嫌い

大嫌い ← 攻撃してくる

無視

嫌い

普通 ← 都合がいい時、話しかける

好き

って感じの流れで感情が動きます。

一時、普通まで戻ったのですが、
私のミスで、また大嫌いになって、

これは、
10年許してもらえないと思ったのですが、

今回、無視の段階に移行したので、
すこし嬉しくなりました。

これなら、2年後くらいに、
普通に戻りそうです。

娘も来年、高校1年生、JKです。笑

娘がJKとか、信じられないけどね・・・^^;

本当なら、一緒に買い物とか行って、
服とか買ってあげたいのにね~

さて、いつ、娘と仲よく、
買い物デートとかできることやら・・・

今回、感じたことは、
謝り続けるのは重要ってことですね。

1週間、ずっと謝っただけで、
ここまで効果があるとは思いませんでした。

とりあえず、あと半年は、
嫌がられるくらい、
「ごめんなさい。」って言い続けます。

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コメント

  1. 子供が言うことを聞かないときはある程度の罰やペナルティは必要だと思います。

    でも自分より立場の低い子供を相手に、例え自分の子供であっても
    フルボッコはやり過ぎではないでしょうか?

    子供の中には発達障害を持っている子もいます。
    発達障害の中にもいろいろあり、
    大人の言うことを理解できなくて言うことを聞けない子もいます。

    ※決して七星さんのお子さんが発達障害と言っているわけではありません。

    発達障害でなくても子供は何度同じことを言ってもいうことを聞かないものです。
    それを叩いて自分のいうとおりにさせるのはあまり良いこととは思いません。

    七星さんはとても影響力のある方だと思います。
    上手く言えませんがこのブログやメルマガを読んでいる方が、
    七星さんと同じように必要以上に体罰を与えてしまう恐れがあるのではないかと
    懸念しています。

    考えすぎかもしれませんがそれが、エスカレートしてしまうと虐待です。
    「しつけのためにやった」と度が過ぎて、あるいは打ちどころが悪くて
    自分の子供を死なせしまうこともあるのです。

    例えば自分が子供を叩いた拍子に子供がよろけて
    そこに机の角があったら…その可能性もゼロではありません。

    以下は私が「なるほど」と思ったペナルティの与え方です。
    ※元校長先生がおっしゃっていたことです。そのままの文を記載いたします。

    ———–
    自己の確立ができていない未成熟な子どもたちにこそ、必要に応じたペナルティが課せられないと、怖いもの知らずの、自分勝手な大人が大量生産されるでしょう。

    でもそのペナルティの与え方は慎重であるべきです。
    教育の基本は知育、徳育、体育の3分野に大きく分けられます。

    そしてそれぞれの場でのペナルティとして「知罰」、「徳罰」、「体罰」の3種類があると思うのです。

    例えば知育の面で考えると、宿題の算数プリントをさぼってやらなかった子に対しては罰として計算問題20問を追加で与える。これだと、それをすることでしんどい思いもするけど、計算力がつく可能性もあり、本人のためにもなる。これを知罰と呼んだらどうでしょう。

    徳育の面でいえば
    例えば、学校の掃除時間にさぼって遊んでいたら、校内や地域の空き缶、ごみ拾いをさせる。これによって、その時はしんどいかもしれないけど、将来的に公徳心を養うことを期待するものです。これは徳罰といえるでしょう。

    体育の面でいえば
    みんながまじめに走っているランニングの時に、わざと手を抜いてゆっくり走る子がいたらペナルティとして、その子の体力に応じて何分間かの追加ランニングをさせる。これはしんどいけどさぼるよりは体力の向上が期待できるので、これを体罰と呼ぶ。

    こう書けば、こういう意味での「体罰」が必ずしも悪であるとはいえません。

    しかし、運用を間違うと変なことになります。
    たとえば、宿題を忘れた子に対して「運動場をいいと言うまで走ってこい。」
    というのは、知育に体罰を行うようなもので筋が通らなくなるのです。

    そう考えると世間一般でいわれる「体罰」は、「体育上のペナルティである体罰」
    ではなく、ただの暴力ではないでしょうか。
    だから問題なんです。
    ————

    暴力は暴力しか生みません。
    感情的に子供を怒る(怒鳴る)のも一緒です。

    どうかお子さんに嫌われるほど暴力を振るわないでください。
    長くなって申し訳ありません。

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